HDEについて

代表取締役社長小椋 一宏

■経営陣の紹介
1975年3月31日 米国ニューヨーク州アルバニー生まれ。 父親の職業(大学教授)の関係で2年生(6歳)まで現地校に通い、家庭の公用語も米国語という環境で米国人として育つ。6歳にて帰国、東京に移住し、日本語を覚えながら強い日本を指向する。 6歳でN80-BASICによるプログラミングを習得しゲームプログラミングを始め、高学年ではMSX等のBASICマシンでの開発経験を積む。ファミコン大ブーム期にも苦しい家計の事情からファミコンを買い与えられず、その悔しさから自分でゲームを作って遊ぶ生活を送る。中学生に入ってからはN88-BASICによるプログラミングに没頭し、特にミュージックプログラミングに力を入れるが、完全なマニアとして完成してしまったため女性にもてず、高校でのパソコン断ちと人生の再出発を決意。高校ではパソコンには一切ふれず、バンド活動をしながら3年間を送るが、お茶の水での浪人生活中に 秋葉原電気街に立ち寄った際に3年間の間の科学技術進歩と欧米技術の市場席捲を目の当たりにし、再びコンピュータ技術に興味を抱く。

桐朋高校在学中にバブル崩壊を体験し、日本経済の再興に貢献したいという思いから一橋大学経済学部に進学するが、経済学は向いていなかったと見え、入学後すぐにコンピュータの世界に戻る。1994年、某研究所におけるプログラマとしてのアルバイト時代にLinuxと出会い、その素晴らしさを痛感。研究所内にLinuxを導入する。同年はじめてインターネットと出会い、新たなデジタル革命の波を予感。前代未聞の技術進歩の風が吹き荒れるIT業界において、学生を中心に構成した柔軟な組織を構成すれば、新しい技術への適応力において大企業を上回ることができるのではないかと考え起業を決意。

1996年に西川氏(現ngi group株式会社 取締役 ファウンダー)ら5名のメンバーとネット上で出会い、HDEを創業してからはリーダーとして組織作りに力を入れる。その一方で、技術面でのリーダー的存在として果敢に新技術の商用化を試み、他企業に先駆けてLinuxサーバーを製品化しインターネットサーバー市場の獲得をねらう。Linuxのインターネットサーバーサイドでの強さを再確認しながらも、システム管理ソフトウェアが欠けているため普及が阻害されていると考え、1998年に宮本・森村らとLinux用のGUI管理ソフトウェアを開発し、同社のLinuxサーバー「Ring-BX」に搭載。創業期においては営業、総務等の全ての業務をこなした。 1999年からは組織力強化と社長業に専念するが、いまだ鋭い新技術評価によって会社の技術的方向性を決定する風見鶏的役割を担っている。

専門は計量経済学だったが、お世辞にも勉強したとはいえない。卒論では最も理論と合致しやすいという理由で消費・貯蓄関数の計量的分析を選ぶ。